グアムの先住民はチャモロ人と呼ばれる人々である。その起源は東南アジアの諸島から移住してきたインドマラヤ系民族であると推測され、フィリピン、インドネシアを経由して渡来してきたと考えられる。古代チャモロ人はラッテストーンと呼ばれる石柱を建てたが、その用途は分かっていない。
グアム島に初めて訪れたヨーロッパ人は、1521年に世界一周の航海の途中で寄港したマゼランである。その後1565年にスペイン国王がグアム島の領有権を正式に宣言し、スペインの統治時代が始まった。
しかし、1898年に勃発した米西戦争でスペインがアメリカに敗れると、パリ条約でグアムはアメリカに割譲され、333年に渡ったスペイン統治は終焉を迎えた。1941年、太平洋戦争が勃発すると、日本軍はグアムを占領した。しかし、1944年にアメリカが日本本土爆撃の基地を建設するために再上陸し、日本軍守備隊は全滅した。
現在のグアムには多くの観光客が訪れ、島民の約6割は観光産業に従事している。日本とはわずか3時間半のフライトで結ばれており、観光収入の約9割は日本からの観光客によるものである。
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グアムと日本の時差は1時間で、グアムの方が進んでいる。すなわち、日本が午前10時のとき、グアムでは午前11時である。また、グアムにはサマータイムの設定はない。
公用語は英語とチャモロ語である。原住民であるチャモロ人は家庭内ではチャモロ語を使用することがあるようだが、英語もほぼ100%通じる。また、タモンなどの観光地では簡単な日本語が通じるところもあり、日本語の看板もよく見かける。大型ホテルでは日本人のスタッフを雇っているところが多い。
グアムはアメリカ本土と比べると比較的凶悪犯罪は少ない。しかしながら、どこの観光地もそうであるように、置き引きや引ったくりは多い。ビーチで泳ぐ際に浜辺に貴重品を残していくのは危険。
また、タクシー運転手によっては自分の知っている店を勧める人がいるが、これは店から手数料を受け取るためである。こういう場合ははっきりと断れば良い。強引に連れて行こうとするケースは少ないようである。
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グアムは大きく分けて4つの特色のあるエリアに分けられる。まず、北部はアンダーソン空軍基地を中心とする基地の町である。人口は多いがあまり観光資源はない。
グアム島北端のリティディアン岬は以前は軍関係者専用だったが、今は一般に開放されている。
中央部にはグアムのホテルのほとんどが集中しており、ショッピングモールやレストランなどもほとんどがこのエリアにある。特にタモン湾に面するタモン地区はグアム一の都会である。
ハガニア地区にはスペイン時代の名所旧跡が集中しており、歴史を感じさせる。
南西部は太平洋戦争で米軍が上陸し、日本軍守備隊と激戦を繰り広げたため、戦跡が多く遺されている。生々しい弾痕の残るトーチカや大砲はこの平和な島で戦争中悲惨な戦いが起きたことを静かに物語る。
ウマタックはスペイン時代に多くの交易船が寄港し、現在は風光明媚な村々が広がる。
東海岸は元日本兵横井庄一さんが発見されたことで知られるタロフォフォなどがある。
グアムで最も大きい滝や森に囲まれたゴルフ場などがあり、自然豊かなエリアである。
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